【蒼い焔と闇色ノート】６月２８日（日）

６月２８日（日）

　外は雨が降っているようだった。ようだった、、、、、と言うのも、今日は一歩も外に出ていないため窓から確認できる仄ほの暗い雰囲気と肌寒いと感じる室温からそれを仮定することしかできなかったからだ。　仮定が事実であるかどうか。試しにトイレの小窓から外を覗き見た。そこには私の予想し得なかった風景が広がっていて、私は興奮の声を揚げた。私は玄関へと駆けサンダルを履いて外に飛び出した。やはり、外は凄かった。小雨が降っていたが、この空を前に気にならなかった。　写真を撮りたくなって部屋に戻り携帯を持ち出した。すぐにカメラを起動させて撮影を試みたがうまくは撮れなかった。　三階にある少し開けたスペースのベランダ。端の方の南と東とがよく見渡せる場所に立って、ゆっくり空を見上げた。　東の空。普段学校へ行く道に建っている家々の屋根が見え、その向こうに建設中の広域基幹病院が峙そばだっている。病院の先は鉛色の雲に覆われていた。少し南に寄ると東芝のタワーが見える。タワーの先っぽの辺りから、空の色は高くなるにつれて淡いグラデーションを描き、いつの間にか黄色く染まっているではないか。灰色から黄色への変化。微妙でいて絶妙な色合い。　今度は西の空を見る。一橋大マーキュリータワーのバックには薄い水色がかった雲の層があった。それはどこか青空の名残を思わせた。上へ上へと辿ると、やはりグラデーションの後に黄色い空へと変化していた。　曖昧な空。　現在執筆中の小説『蒼い焔』の下書きを学校ですることがある。その中に、弥生が木原に自分が生徒会長になった理由を打ち明ける場面がある。弥生は空を見上げた。そこには爽やかで重量感のある、蒼くも黄色い空があった。曖昧でいて、明け方なのか昼下がりなのかよくわからないそれは、弥生の目に『人の心を象かたどったような空』として映った。生徒会長として、仮面を被り続けなければならない人間関係に疲れた弥生には気を重くさせる空だった。溜め息の後に弥生は語りだす。「生徒会長になれば少しはこの高校も変わるかなと思ったんだけど―――」　話を聞きながら、木原はクラスの様子を思い浮かべる。　無理矢理押し固められた集団クラス。　偽りの結束。　偽りの協調。　偽りの――。　偽りから逃れるために自由を求めた二人。だが、頑なに自由を求めることこそ、無意識的に自由を遠ざけているのではないか。ある一辺での自由は、別の角度から見ればただその一辺の自由という鎖に縛られているだけの閉塞でしかないのかもしれないから。　心境の一通りを打ち明けた弥生は木原の中でそれまでにない特別な存在となりつつあった。今まで攻略してきたどんな美少女キャラよりも明るい光を発している。　二人は空を見上げた。縹はなだをベースに中央を山吹に染めた空。ぼんやりとかかった雲。意志のない人間が類聚るいじゅうして出来た雲は分厚く、陽光が地上に降り注ぐのを阻んでいる。だがそこに留まろうとする意思がないので、風が吹けば姿かたちを様々に変えてやがて消し飛んでいく。雲の消える時が人の生涯の閉じる時だ。あの空はそうして人々の変遷へんせんを映し出した『世界』なのだ。雲は時に涙を降らす。その兆候として現れる陰鬱な曇り空。人の心の暗い部分。不安な色。神が裁きの雷いかずちを振り下ろすこともある。その時、裁きへの畏怖いふに人は一層涙を流す。この世界にいつ晴天が訪れるのか、祈るようにすすり泣く。　二人が立ち向かう空せかいはまだ、太陽ひかりのない曖昧なものだ。いつか欅松きょしょうの空に晴れ間が射すことを二人は願った。すると、山吹の雲の向こうから微かに明るい光が覗いた。二人は顔を見合わせ微笑んだ。　世界が二人という太陽を中心に回っているようだった。

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